エイジングケアの説明で「肌の幹細胞が加齢で減る」という言い方を見かけます。もっともらしく聞こえますが、ではその「減る」はどうやって数えたのか、と問い直すと、話はとたんに難しくなります。皮膚の幹細胞は見た目で区別できず、従来は皮膚を切り取って染色するしかなかったからです。
この記事では、皮膚の幹細胞がどんな目印で見分けられてきたのか、皮膚を切らずに数える試みがどこまで来ているのかを、公開されている論文と公的資料にもとづいて整理します。扱うのはいずれも研究段階の知見で、肌の変化の感じ方や施術の反応には個人差があります。
「肌の幹細胞」と呼ばれているものは一つではない
皮膚で「幹細胞」と呼ばれる細胞は、少なくとも三か所に分けて語られます。表皮のいちばん下(基底層)で表皮を作り替えていく細胞、毛包のバルジ領域にある休眠した細胞、真皮のなかにある前駆細胞です。役割も研究の進み方も違うため、「肌の幹細胞」と一括りの説明は、どの細胞の話なのかを確かめてから読むことになります。
目印として使われてきた CD271(p75NTR)
研究の現場で手がかりになっているのが、細胞の表面にあるタンパク質です。皮膚の分野では CD271(p75NTR) がよく使われ、表皮側では毛包間表皮幹細胞(IFE-SC)の、真皮側では真皮幹/前駆細胞(DSPC)の目印として報告されています。同じ目印が表皮と真皮の両方で使われているのは、この分野の研究が「幹細胞らしさ」をまだ単一の定義で固めきれていないことの裏返しでもあります。
目印で染めて数える方法は確実ですが、皮膚を採取しなければなりません。顔から繰り返し組織を採るのは現実的でないため、「年齢とともに減る」を同じ人で追うことは長らく難しいままでした。
皮膚を切らずに数えられるのか ― LC-OCTとAIによる試み
そこを迂回しようとした報告が2024年に出ています。藤田医科大学と日本メナード化粧品のグループは、LC-OCT(ライン走査型共焦点光干渉断層撮影)という、皮膚を切らずに内部の三次元像を得る装置を使いました。得られた画像から機械学習で核を切り分け、基底膜に近い細胞を基底層の細胞とみなし、核の形(縦横比1.55超)を手がかりに表皮幹細胞を分類する、という手順です。
この分類の根拠になったのは、20検体の皮膚をCD271で染め、陽性細胞219個と陰性細胞314個の形を比べた解析でした。そのうえで25〜67歳の16名の頬を撮影し、高齢の皮膚では表皮幹細胞が少ない傾向が示されています。染色した組織と比べた検証では、近い割合が得られたとされます。
ただし著者自身が、解析に時間がかかること、基底層のすべての細胞を捉えられてはいないことを限界として挙げています。16名・頬のみという規模と、形から推定している性質を踏まえると、測定法の可能性を示した段階の報告と読むのが妥当です。筆頭著者の所属に化粧品会社が含まれる点も、知っておいてよい情報です。
真皮側の報告 ― 分泌物を介したコラーゲンへの関与
真皮については、2022年に同じ大学のグループが Biological and Pharmaceutical Bulletin に報告しています(45巻7号872〜880頁)。真皮幹/前駆細胞が出すエクソソームを線維芽細胞に加えると、I型コラーゲンの遺伝子(COL1A1)の発現が高まり、その変化はAktのリン酸化に依存していた、という内容です。線維芽細胞自身が出すエクソソームでは同じ変化は見られませんでした。
原因となる分子としては、このエクソソームに特異的な74種類のタンパク質のなかから ANP32B が挙げられ、これを減らしたエクソソームではコラーゲン合成の増加が起きませんでした。皮膚組織の解析では、CD271陽性の真皮幹細胞におけるANP32Bの発現が若年者より高齢者で低いと示されています。
注意したいのは、コラーゲンが増えたのは培養した細胞のなかでの出来事だということです。生きた皮膚で同じことが起きるか、ましてや見た目がどう変わるかは、この論文が答えている範囲の外にあります。
「老化細胞」側からの説明との関係
皮膚老化の説明には「老化細胞」からの筋道もあります。2026年の総説(京府医大誌135巻3号189〜196頁)は、内因性老化の機構としてDNA損傷やテロメア短縮と並べて表皮幹細胞や線維芽細胞の機能低下を挙げ、細胞老化に伴って分泌されるSASP因子(IL-6、IL-8、MMPなど)が真皮構造の破綻や色素異常に関与すると整理しています。
同じ総説は、今後の課題として皮膚オルガノイドや空間オミクス解析の応用を挙げています。幹細胞が減るから老けるのか、老化細胞が増えるから幹細胞が働けないのか——順番はまだ切り分けられていない、というのが現在地です。
「幹細胞」という言葉が指しているもの
ここまで見てきた研究と、美容の現場で使われる「幹細胞」という言葉は、同じものを指していません。次の表は区分の説明であり、どれかを推奨したり優劣をつけたりするものではありません。
| 区分 | 実際に扱っているもの | 法的な枠組み |
|---|---|---|
| 研究(論文・学会発表) | 培養した細胞や組織切片。目印で染めて数える、画像から推定する | 規制の対象外(研究倫理の審査は別に必要) |
| 化粧品(いわゆる幹細胞コスメ) | 細胞そのものではなく、細胞を育てた液の成分 | 医薬品医療機器等法。配合成分や表示の範囲に制限 |
| 幹細胞を体に入れる医療 | 採取・培養した幹細胞そのもの | 再生医療等安全性確保法。提供には提供計画の届出などが必要 |
| 培養上清液・エクソソームを使う施術 | 細胞は含まず、細胞が出した分泌物 | 同法の対象外。承認された医薬品は存在しない |
この線引きがあいまいなままだと、培養皿で観察された変化が、そのまま施術の説明に使われてしまうことがあります。研究の話か、承認された製品の話か、届出をして提供されている医療の話かを分けて聞くだけでも、受け取り方は変わります。
説明を受けるときに確認できること
- その説明の根拠が、培養細胞の実験なのか、人に投与した研究なのか
- 投与するのは細胞そのものか、細胞を含まない分泌物か
- 幹細胞を投与する医療なら、提供計画が届出されているか(再生医療ポータルで検索できます)
- 自由診療の場合の総額、回数、中止したいときの扱いが書面で示されるか
これは医療機関を選別する基準ではなく、説明を聞くときの手がかりです。判断に迷うときは、別の医師の意見を聞くこともできます。
よくある質問
自分の肌の幹細胞の数を測ってもらえますか
紹介したLC-OCTとAIによる推定は研究段階の手法で、一般の検査として確立したものではありません。「幹細胞を測る」とうたうサービスがあれば、何をどう測り、その数値が何を意味するとされているのかを確かめることになります。
CD271が多ければ肌が若いということですか
CD271は研究で幹細胞を見分けるための目印として使われているもので、肌の若さを表す指標として検証されたものではありません。報告されているのは集団としての傾向で、同じ年代でも個人差があるとされています。
エクソソームでコラーゲンが増えると聞きました
2022年の論文で示されたのは、培養した線維芽細胞にエクソソームを加えるとI型コラーゲンの遺伝子発現が高まった、という細胞レベルの結果です。人に投与して見た目が変わることを示した研究ではありません。培養上清液やエクソソームを用いる施術には、承認された医薬品がないという前提もあります。
幹細胞コスメを使えば幹細胞が増えますか
化粧品に細胞が入っているわけではなく、含まれているのは細胞を育てた液の成分です。化粧品として表示できる範囲も法令で定められており、細胞の数を増やすといった説明は化粧品の効能の範囲を超えます。
企業が関わった研究は信じてよいのでしょうか
共同研究そのものが問題なのではなく、所属や資金が開示されているかが見るところです。紹介した論文は査読誌に掲載され、著者の所属も公開されています。そのうえで第三者の追試が重ねられているかを別に確かめる、という読み方になります。
参考にした公的情報・一次情報
- 厚生労働省「再生医療等提供計画の提出等について」
- 厚生労働省 事務連絡(令和6年7月31日/エクソソーム・培養上清液の取扱い)
- 再生医療ポータル 提供機関検索
- 厚生労働省「医療法における病院等の広告規制について」
- Miyachi K, et al. Skin Research and Technology 30(8): e13887 (2024)
- Sanada A, et al. Biological and Pharmaceutical Bulletin 45(7): 872-880 (2022)
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本記事について
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